吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

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中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、鳥飼総合法律事務所の代表弁護士である鳥飼重和先生の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第28回 ノウハウの守り方

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 沼野友香

鈴木社長 吉永先生、こんにちは。今日は突然、ご面談のお

約束をしてしまい申し訳ありませんでした。ご予定は大丈夫

でしたか?

吉永弁護士 鈴木社長、こんにちは。大丈夫ですよ。それよ

り何があったのでしょうか。電話口では随分心配されている

様子でした。

鈴木社長 実は先日、同業者との会合で、とても怖いお話を

聞いたのです。

吉永弁護士 とても怖いお話……ですか?

鈴木社長 はい。美術工芸品の製造販売を行っているA社

で、工芸品を作っている職人さんが突然辞めると言いだし

て、大騒ぎになっているそうです。

 その職人さんのことは私もよく知っていますが、みんなか

ら「師匠」と呼ばれているような方です。あの方がいなくな

ったらA社は大打撃です。小さなA社があそこまで成長でき

たのは、あの職人さんの技術があってのことですから。

 しかも、さらに大変なのが、その職人さんの再就職先が、

A社と長年ライバル関係にあるB社のようなのです。あの職人

さんを介してA社のノウハウがB社に漏れてしまったら、A社

はもう立ち行かなくなります。

吉永弁護士 それは大変ですね……。

鈴木社長 当社は職人を抱えていませんが、仕入れ先でその

ような問題が起こったら大変です。明日はわが身と思った

ら、居ても立ってもいられなくなって、先生にお電話をして

しまいました。先生、どうしたらいいのでしょうか。今から

できる対策があれば教えていただけませんか。

吉永弁護士 もちろんです。ご支援させていただきますので

ご安心ください。ちなみに、鈴木社長ご自身は何か対策を考

えていらっしゃるのですか。

鈴木社長 そうですね。最近出たセミナーで、独自の技術を

守るためには特許を取らなければならないと勉強しました。

技術を守るには、やはり特許を取らないといけないのでしょ

うか。

吉永弁護士 独自の優れた技術は、会社にとって武器になり

ますから、守る必要があります。その手段のひとつが、特許

などの知的財産権を取得して、権利として公に認めてもらう

ことです。

 特許などの知的財産権を取得すれば、第三者がその権利を

侵害した場合、権利の侵害を理由に使用を差し止めたり、損

害賠償を請求したり、ライセンス料としてその使用に対して

お金を取ったりすることができます。

 その一方でデメリットもあります。知的財産権を取得する

と技術の内容が公開されてしまいますから、権利の保護期間

が過ぎると、誰でもその公開された情報を見て、技術をまね

できるようになってしまいます。

鈴木社長 えっ! そうなのですか。

吉永弁護士 ええ、商標の場合は、更新料さえ払えば永久に

排他的な権利が認められますが、特許はそれができません。

代表的な例は、特許が切れた成分を使っているジェネリック

医薬品ですね。

鈴木社長 なるほど。だからジェネリック製品は安いのです

ね。

吉永弁護士 それから、知的財産権を取得するためには費用

が掛かる点もデメリットといえます。

鈴木社長 そうなのです。そこが一番の心配事で、あの工房

に知的財産権を取得できる金銭的な余裕があるとは思えませ

ん。

吉永弁護士 そうですか。ちなみに、今回ご相談の職人さん

の技術というのは、第三者が独自に開発をしてしまう可能性

がありますか? こちらから教えなければまねできないよう

な技術ですか?

鈴木社長 職人の技術は完全に仕入れ先の工房独自のもので

すし、他の人が同じものを開発するとは考えられません。

吉永弁護士 それでしたら、以前にお話しした不正競争防止

法の「営業秘密」として保護するのがいいかもしれませんね。

鈴木社長 覚えていますよ。顧客管理の方法を教えていただ

いたときに伺ったお話ですね。

吉永弁護士 営業秘密として保護するには、以前にお話しし

た①秘密管理性、②有用性、③非公知性などの要件を満たす

必要があります。お話を伺うと、職人さんの技術は、公にし

ていない(③)、会社にとって重要な技術情報(②)ですか

ら、②有用性と③非公知性の要件については大丈夫そうで

す。問題は、①秘密管理性かもしれません。

鈴木社長 それはどのような意味なのですか。

吉永弁護士 職人さんの技術を営業秘密として管理するため

には、職人さんの無形の技術を管理しやすい形で特定し、そ

れが秘密の情報であることが分かる形で管理することが必要

です。この作業が大変かもしれません。実現可能かどうか、

これからもう少し話し合って確かめていきましょう。

鈴木社長 分かりました。よろしくお願いします。先生、い

つもありがとうございます。なんだかほっとしました。

*解説*

 会社が独自の技術・ノウハウ等を守るためには、一般的に、知的財産権の取得によって保護する方法と、不正競争防止法の「営業秘密」として保護する方法が考えられます。

 この2つの方法にはそれぞれ下表にあるように一長一短がありますので、会社の属性、事業の方向性、守りたい技術・ノウハウ等の属性などさまざまな要素をよく考慮して、最適な方法を選択することが必要です。

 

営業秘密として管理

特許等の知的財産権を取得

 

 

・自社の事業戦略の方向性が他社に明らかとならない

・失敗した実験のデータ等特許になじまないノウハウも営業秘密として保護対象となり得る

・製品等を分解することによって明らかにならないかぎり、保護期間の制限もなく他社との差別化を図れる

・事前の審査を通じ権利の内容が明確となる

・登録を通じ権利の存否が明確となる

・一定期間、譲渡可能な排他的独占権を取得できる

 

・登録制度がないので、権利の内容、存否が不明確

・他社が独自に開発した場合、独占できなくなる

・適切に管理しない場合、法律による保護を受けられない

・事前の審査を通じ権利の内容が明確となる

・登録を通じ権利の存否が明確となる

・一定期間、譲渡可能な排他的独占権を取得できる

出典:経済産業省 知的財産政策室「営業秘密管理指針 平成25年8月改訂版」5頁

 また、不正競争防止法上の「営業秘密」としての保護を受けるためには、次の3つの要件を満たさなければなりません。

⑴秘密として管理されていること(秘密管理性)

①情報にアクセスできる者を制限すること(アクセス制限)

②情報にアクセスした者にそれが秘密であると認識できること(客観的認識可能性)

⑵有用な営業上または技術上の情報であること(有用性)

⑶公然と知られていないこと(非公知性)

 さらに、会社にとって重要な技術や情報を持つ社員が退職することによる秘密情報の流出を防ぐためには、秘密保持契約や競業避止義務契約を個別に締結したり、就業規則に規定を設けることも有効です。また、リスクを分散するためには、会社の重要な技術・情報の管理をひとりに委ねるのではなく、情報や技術を書面化、マニュアル化するなどして複数人で管理する体制を築いておくことも重要です。

 はい。美術工芸品の製造販売を行っているA社