吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、鳥飼総合法律事務所の代表弁護士である鳥飼重和先生の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第48回 従業員が会社のお金を着服したら

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 岸川 修

武田社長 吉永先生、お世話になっています。

吉永弁護士 こちらこそ、いつもお世話になっています。今

回はどんなご相談でしょうか。

武田社長 先生、大変困ったことが起きました。

吉永弁護士 ずいぶん顔色がよくありませんが、とても深刻

なようですね。どんなご相談でしょうか。

武田社長 実は、当社で長年経理を任せていた金田という者

が、当社のお金を着服していたことが分かったのです。

吉永弁護士 えっ、着服ですか!

武田社長 そうなのです。金田は大変真面目な男で、私も信

頼して、10年もの間、経理部長を任せていました。私も他の

役員も、金田なら間違いないということで、きちんとやって

いるかあまりチェックしていませんでした。

 ところが一昨日、当社に久しぶりに税務調査が入ったので

すが、そこで調査官から、「よく分からないお金が社外に流れ

ている」という指摘を受けました。

 初めは何のことかよく分からなかったのですが、よくよく

調べてみましたら、金田が帳簿上の金額をごまかして、裏で

会社の口座から自分にお金を流していたと分かりました。

吉永弁護士 なるほど、それは大変ですね。着服はどれくら

い前からあったのですか。

武田社長 金田を問い詰めましたら、おおむね白状しました

が……、約5年前からです。

吉永弁護士 被害金額は全部でおいくらですか。

武田社長 初めは会社の金庫から1000円か2000円を持ち出すくらいだったそうですが、だんだんやることが派手になり、5年間のトータルで約1億円も横領していました。

吉永弁護士 1億円! 年間で平均2000万円ですか……。それはひどいですね……。

 また、経理部長とのことですが、御社の通帳や銀行印は、

金田さんが管理していたのですか。

武田社長 通帳や印鑑は金庫の中にあり、その金庫の鍵は金

田が管理していて、彼以外は開けられないようになっていま

した。ですから、金田が管理していたといえると思います。

 もちろん、経理部の社員が銀行でお金を引き出すときに

は、金田の決裁を経て、金田に通帳と印鑑を取り出してもら

っていました。

 先生、私は本当に無念です。金田に対して、何かできない

ですか。

吉永弁護士 もっと詳しいご事情を伺わないとはっきりとし

たことは申し上げられませんが、現時点で考えられる方法

は、大きく分けて3つです。

 ひとつは、御社自身で金田さんを処分して責任を問う方法

です。やはり就業規則を拝見しないと明確なことは申し上げ

られませんが、ひとつは懲戒解雇などの処分をすること、も

うひとつは損害賠償を請求することが考えられます。

 最後のひとつは、業務上横領罪ということで警察に刑事告

訴し、犯罪として捜査してもらう方法です。業務上横領とい

うのは、他人のお金などの財産を管理する仕事をしている人

が、管理している財産を懐に入れる犯罪です。犯罪の疑いが

あれば、警察は金田さんを逮捕することができます。

武田社長 それなら、先生、3つとも実施してください! 金

田は絶対に許せません! 何が何でも金田を罰して、お金を

取り戻したいのです!

吉永弁護士 分かりました。法律では、懲戒解雇は本当に重

大な場合にしかできませんので、できるかどうか慎重に検討

しなければなりません。ただ、今回は事が重大ですので、懲

戒解雇も視野に入れましょう。

武田社長 先生、よろしくお願いします!

【解説】

 本事例のように、従業員が会社のお金を着服していることが判明した場合、従業員に対して、民事・刑事の両面から対処することが考えられます。

1.民事面での対処

⑴懲戒

 懲戒は、軽い順に戒告、訓告、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇などの種類があります。従業員の非違行為に対して会社が下す一方的な処分であり、いずれも会社から従業員に対してする一方的な不利益措置ですので、就業規則や雇用契約書で懲戒の事由と手段が明らかにされていなければなりません。そして、従業員の非違行為の程度に応じて、相当な重さの処分をすることが求められています(労働契約法15条)。

 着服についても、就業規則や雇用契約書で懲戒事由として定められていれば、所定の処分を下すことができます。もっとも、これらの定めにおいて「着服」といった言葉で、明示的に懲戒事由ないし懲戒解雇事由を定めている例は少ないでしょう。当該「着服」行為が、どの懲戒事由(条項)に該当するか、懲戒処分としての相当性を有するかといった検討が必要になります。

 なお、本事例で吉永弁護士は懲戒解雇も視野に入れると話していますが、より慎重な判断が求められます。懲戒解雇については、労働者への不利益の程度が大きいことから、法律で特に、解雇権の濫用事例での解雇無効が定められています(労働契約法16条)。裁判所で懲戒解雇が無効だという判決が出た場合、その従業員は会社に復職してしまいますので、そのようなことにならないよう、弁護士と慎重に協議されることをお勧めします。

⑵損害賠償請求

 着服によって会社は金銭的な損害を被るのですから、会社は従業員に着服された金額の賠償を請求

することができます。

 任意での支払いが期待できない場合など、必要に応じて、法的手続きも検討します。ただ、会社の従業員に対する損害賠償請求について、裁判所は、従業員に全ての損害を賠償させるのが適切かを判断する傾向にありますので、例えば会社の管理が甘かったなど、会社にも落ち度があるような場合には、全額の賠償が認められない可能性があります。

2.刑事面での対処

 一般的に従業員による着服は、窃盗(刑法235条)、業務上横領(刑法253条)、背任(247条)などの犯罪に当たる可能性があります。

 簡単にいえば、窃盗と横領の違いは、その着服した財産を管理(占有)していたか否かによりますし、業務上横領と横領の違いは、他人の財産の管理を業として行っていたか否かによります。本事例のように、会社のお金を管理する立場にある従業員が着服した場合には業務上横領になると考えられますが、業務上の管理がなくとも、横領や窃盗、背任となる可能性があります。

 いずれにせよ、会社は被害者として、警察や検察庁に被害届を出したり、告訴して刑事事件として捜査を求めることができます。