吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、鳥飼総合法律事務所の代表弁護士である鳥飼重和先生の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第56回 海外勤務社員に労災保険は適用される?

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 加藤佑子

吉永弁護士 鈴木社長、息子さんはお元気ですか?

鈴木社長 おかげさまで、勤務先会社の仕事が楽しくて仕方

がないみたいです。いい経験をしてくれているのはうれしい

のですが、将来、私の会社を継いでくれるか心配なんですよ。

吉永弁護士 ご活躍されているのですね。さすがです! 先日

の新聞にちょうど息子さんが勤めていらっしゃるアイウエオ

社さんのことが書いてあったので、どうされているかなぁと

思っていたのです。アイウエオ社さん、積極的に海外展開さ

れているようですね。

鈴木社長 ええ、息子も最近頻繁に仕事で海外へ行くように

なったみたいです。まあ、私譲りで体力と度胸だけはありま

すから。おほほほほ。

 あ、そういえば少し前、息子が海外出張の帰りに空港で派

手に転んで、珍しく病院に行くほどのケガをしたんですよ。

吉永弁護士 まあ!! 息子さんは大丈夫でしたか?

鈴木社長 ええ、もうすっかり回復しています。やはり若い

んですね~。

 息子に聞いたのですが、労災保険というのは海外出張中に

ケガをした場合にも使えるらしいですね。

吉永弁護士 そうなんです。労災保険というと、日本国内で

起こった業務災害しか補償対象にならないイメージがあるか

もしれませんが、海外出張中のものでも補償されるのです。

労災は起こらないのが一番ですが、いざというときに労災保

険の存在はやはり安心ですよね。

鈴木社長 全くそのとおりですね。まあ、わが社なんか海外

進出はまだまだ先ですけれど、この間会った親しい社長仲間

が海外でも事業を始めているって話していたので、「日本の労

災保険があるから社員に何かあっても大丈夫ね!!」って言って

おきましたよ~。

吉永弁護士 むむ? その社長さんは、社員の方を海外へ出張

させているだけなのでしょうか。

鈴木社長 あまり詳しくは聞いていないですが、どこか海外に

会社をつくって日本から社員を送り込んでいる様子でしたよ。

吉永弁護士 そうですか。実は日本の労災保険は、「海外出

張」の場合と「海外派遣」の場合とで、全く扱いが異なるの

です。日本の会社から「海外出張」する社員は労災保険で保

護されるのですが、「海外派遣」の場合は、特別の加入手続き

を取らないと労災保険で保護してもらえないのです。

鈴木社長 え!! そんなこと知りませんでした。ものすごく大

きな違いですね。でも、「海外出張」と「海外派遣」って、期

間が短ければ出張、長ければ派遣と考えればいいのですか?

吉永弁護士 そんなに簡単でもないのです。確かに出張とか

派遣というと、期間で区別すると考えがちですよね。でも国

が出している区別の基準によると、必ずしもそうではないの

です。

 海外で働く社員が国内の事業場に所属してその事業場の使

用者から指揮命令を受けている場合は「海外出張」で、海外

の事業場に所属してその事業場の使用者の指揮命令を受けて

いる場合は「海外派遣」となります。

鈴木社長 分かるような、分からないような……。

吉永弁護士 そうですね。国の基準が数字などで明示された

分かりやすい基準であれば、「海外出張」か「海外派遣」か

の判断も簡単にできるのですが……。今出されている基準だ

と、ケースによっては判断が難しいですね。

鈴木社長 じゃあ、知り合いの社長にはどう言ってあげたら

よいでしょう?

吉永弁護士 その社長さんから直接お話をお伺いしていない

ので分かりませんが、この点に詳しい弁護士や社労士などの

専門家に相談いただくか、管轄の労基署へ確認をしていただ

いたほうがよいと思います。

鈴木社長 なるほど。自己判断だけだと大変なことになりま

すね。早速連絡しておきます!

【解説】

●海外派遣者の労災保険特別加入について

 労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」といいます)は、「海外派遣」と扱われる者が労災保

険の保護を受けるためには、事業主が特別加入の申請手続きをしなければならないと定めています

(36条1項)。これに対し、「海外出張」と扱われる者は何ら特別の手続きをすることなく派遣元事業

場で成立している労災保険によって保護を受けることができます。

 「海外出張」と「海外派遣」の区別基準について、行政通達は「海外出張者として保護を与えられ

るのか、海外派遣者として特別加入しなければ保護が与えられないのかは、単に労働の提供の場が海

外にあるにすぎず国内の事業場に所属し、当該事業場の使用者の指揮に従って勤務するのか、海外の

事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務することになるのかという点からその勤務

の実態を総合的に勘案して判定されるべきものである。」(労働省発労徴第21号・昭和52年3月30日

基発第192号)と定めています。

 「海外出張」と扱われるか「海外派遣」と扱われるかにより、労災保険法の適用において大きな違いがあるため、事業主が両者の区別を十分に理解しておくことがとても大切です。ただ、 上記の区別基準

が勤務実態を総合的に勘案するとの内容であり明確とはいい難い基準ですので、社員を海外勤務させる際は、事前に労働基準監督署や弁護士等の専門家へ相談されるとよいでしょう。