吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、鳥飼総合法律事務所の代表弁護士である鳥飼重和先生の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第64回 自らの商標を他人に出願されてしまったら

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 鵜飼 剛充

吉永弁護士 社長、すごいじゃないですか!

小野社長 おかげさまで社運を懸けて制作したスマホゲーム

向けアプリの「PPサンタ」が絶好調で、今年の流行語大賞も

狙えそうな勢いです!

吉永弁護士 私もやっていますよ、「PPサンタ」! もう仕事

どころではありません。

小野社長 先生、仕事はちゃんとやらないと……。

吉永弁護士 おっと失礼……。ちゃんと仕事します……。

小野社長 ただ、ちょっと失態を犯してしまって……。

吉永弁護士 何があったのですか? まあお茶でも飲んで落ち

着いてください。

小野社長 ありがとうございます。スゥーッ……、フゥー。

吉永弁護士 少しは落ち着きましたか?

小野社長 はい。ありがとうございます先生。

吉永弁護士 それで何があったのですか?

小野社長 実は「PPサンタ」の商標登録を失念していたの

で、大至急出願を行おうとしたら、先に「PPサンタ」の商標

出願がなされていることが判明したのです。

吉永弁護士 あらら。ちなみに出願人はどなたなのですか?

小野社長 よく分からないのですが、インターネットで調べ

てみると、たくさんの商標を持っている方のようで、おそら

く今回「PPサンタ」が大ヒットしたのを受けて、先に商標出

願したのだと思います。

吉永弁護士 なるほど。そうですか。

小野社長 もう「PPサンタ」での商標登録はできないですよ

ね……。

吉永弁護士 社長! 諦めてはいけませんよ!

小野社長 えっ!?

吉永弁護士 確かに、商標については先に出願をした者が商

標登録を受けられることが原則になっていますが、先に出願

をした者が必ず商標登録を受けられるというわけではありま

せん。商標登録を受けるためにはいくつかの要件をクリアす

ることが求められます。

小野社長 なるほど。そうなんですね。

吉永弁護士 商標登録がなされるためには実体的要件とし

て、出願人が当該商標を自己の業務に係る商品に使用する意

思を有していることが求められます。今回の場合、「PPサン

タ」の商標出願をしている人は、もっぱら商標を集めること

が目的である可能性があるため、この要件を充足していない

と判断される可能性があります。

小野社長 ふむふむ。

吉永弁護士 また、仮に自己使用意思が認められたとして

も、他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間

に広く認識されている商標をその商品またはこれに類似する

商品に使用する場合や、不正の目的をもってこれを使用する

場合など、一定の場合には商標登録が拒絶されます。

小野社長 そうすると、今回の場合「PPサンタ」は明らかに

当社の商品を表示するものとして需要者の間に広く認識され

ているわけですから、商標登録は拒絶される可能性もあると

いうことですか?

吉永弁護士 詳しく調べてみなければはっきりとしたことは

いえませんが、登録拒絶事由のいずれかの規定に引っかかる

可能性が高いと思います。

小野社長 あ~よかった。安心しました!

吉永弁護士 それはよかったです。さて、今日はもう十分働

いたので、家に帰って「PPサンタ」で遊ぶことにします。

小野社長 あはは! 先生ありがとうございました!

【解説】

 わが国の商標法では、同一または類似の商品または役務について使用をする同一または類似の商標について異なった日に2以上の商標登録出願があった場合、最先の商標登録出願人のみがその商標について商標登録を受けることができるという先願主義が採用されています(商標法8条1項)。したがって、競合する出願がなされた場合には、出願の先後をもって優劣が決せられることになります。

 しかし、出願された商標の全てが当然に登録されるわけではなく、別途商標登録の実体的要件を充足していることが求められます。そして、そのひとつとして、出願している商標は「自己の業務に係る商品または役務について使用する商標」(同法3条1項柱書)であること、すなわち自己使用の意思を有していることが求められます。したがって、現に自己の業務に係る商品または役務に使用しておらず、将来これらを使用する意思も有しないと判断された場合、商標登録は拒絶されることになります。

 また、このほか、商標法4条には登録拒絶事由が列挙されており、いずれかの事由に該当すると判断された場合には商標登録が拒絶されることになります。例えば、既に需要者の間に広く認識されている商標またはこれに類似する商標について、その商品もしくは役務またはこれらに類似する商品もしくは役務について使用をするものである場合であって、これを不正の目的をもって使用するものである場合(同法4条1項19号)などがあります。

 このように、仮に自らが商品または役務に使用している商標と同一またはこれに類似する商標が先に出願されてしまったとしても、当然に商標登録を断念しなければならないわけではありません。また、仮に商標登録がなされてしまったとしても、登録異議の申し立て(同法43条の2)や無効審判の請求(同法46条)によって商標登録の効力を争うことが可能です。