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税理士が地方公共団体の監査委員に就任

―― 監査委員に関するお話を伺う前に、まずは福岡先生が税理士になった経緯からお聞きします。

福岡 私の福岡税理士事務所は、朝鮮の平壌税務監督局(国税局)に勤めていた父が、戦後、本国に引き上げたあと、昭和34年に開業したのが始まりで、私は2代目になります。兄が一般企業に就職したため、自然に私が税理士を継ぐ形となりました。
 大学卒業後、会計業界に入った私は、別の事務所にお世話になっていたのですが、父の健康上の理由から天草に戻り、税理士の資格を取得しました。それが昭和54年のことです。それから1年ほどで父が他界しましたので、事務所を引き継いだのはギリギリのタイミングでした。

―― 福岡先生は現在、天草市の監査委員をしておられますが、監査委員とはどのような職種なのでしょうか。

福岡 地方公共団体の監査委員というのは、会社でいえば監査役です。役割としては、財務監査、出納検査、決算審査および各種の審査、請求監査等を行います。社団法人などの幹事と同じようなものと考えていただければ結構です。任期は4年ですね。
 職務権限は、市長と対等な立場において監査を実施するものとされ、独任性の機関となります。ですから、監査委員は市長の指揮命令を受けません。
 上場会社における公認会計士の監査などと比べて違うところは、監査委員の意見に強制力がないということです。尊重はされても参考程度であり、市長は必ず監査委員の意見に従わなければならないわけではありません。
 監査委員の役割は、地方公共団体のお金の流れが適正、かつ合法的に行われているかどうかを監視することです。ただ、地方公共団体の場合、極端に違法な処理をするケースはまれです。したがって、違法行為を発見するというよりも、好ましくない業務の流れを指摘し、違法行為に進展するのを未然に防止することが主要な役割といえます。
 その一方で、近年では地方公共団体においても、効率性、有効性、経済性の観点から運営を監視すべきだという指摘があります。ですから、監査意見書に効率性、経済性向上のための意見を入れることが増えてきました。
 要は、民間企業が取り組んでいる一般的な企業経営の考え方を取り入れようということです。

―― 税理士が地方公共団体の監査委員に就任するケースはまだ少ないと思うのですが、福岡先生に就任要請があった経緯をお聞かせください。

福岡 天草市の安田市長とは高校の同級生という間柄なので親しいのですが、なぜ私に依頼をしたのかは聞いていないので分かりません。
 ただ、私が税理士会天草支部の支部長だったとき、「地方公共団体の外部監査委員として、税理士を登用してほしい」という日税連会長からの要請文書を、当時、本渡市長だった安田さんに持っていったことがありました。そのような経緯が考慮されたのかもしれません。
 ちなみに監査委員事務局は、監査委員3名、事務局員5名の合計8名の体制になっています。監査委員3名のうち、1名は議会からの推薦、あとの2名は識見委員(地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者)です。
 平成14年の地方自治法の改正により、識見委員2名のうちひとりは、「当該団体(地方公共団体)の職員でなかった者を選任しなければならない」という規定が設けられました。そのため、独立性の高い士業に目が向けられたのだと思います。
 残念ながら天草市には、当時、公認会計士と弁護士はいませんでした。そこで、税理士である私に声が掛かったのではないでしょうか。

―― 要請を受けたとき、福岡先生はどう思いましたか。

福岡 監査委員がどれくらい負担のかかる仕事なのか分かりませんでしたから、正直申し上げて受けることにはためらいを感じました。しかし、ここで断って、二度と税理士に監査委員の話が来なくなってはよくないと思い、お引き受けしました。

―― 実際のところ、監査委員の仕事の負担はどの程度のものなのでしょうか。

福岡 目を通さなければならない書類はかなりあります。監査委員としてそれらを全て決裁しますし、他の部局からの相談に対応することもあります。仕事はそれなりにあるといえますね。
 監査委員が行う財務監査には、定期監査と随時監査があります。定期監査が主となりますが、天草市は広いので監査対象部局が280カ所と多く、年度計画を定めて、毎年、約130カ所の監査を実施しています。
 出納検査は、毎月1回、現金出納の検査をすることになっています。天草市の公営企業は、4つの市民病院と水道局。これらの試算表と分析値をもとに、経営状況の検討を行うことが大きな仕事です。

―― そこまで行うとなると、事務所経営との両立が大変なのではありませんか。

福岡 他の2名の監査委員の方のご配慮もあり、勤務時間を少なくさせていただきましたので、その点はとても助かりました。
 とはいえ、いくら非常勤でも都合のつくときだけ市役所に出てくるというのでは勝手すぎると思い、1日1時間出勤(午前11時~正午)とさせていただいています。
 加えて、月に1度の例月出納検査で半日、定期監査で私が回るのが年間二十数日。合わせて年間約360時間の拘束時間があります。非常勤ですから、拘束時間が決められているわけではありませんが、これくらい出勤しなければ、監査委員としての役割は果たせないでしょう。

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監査委員による市職員の意識改革

―― 監査委員として地方自治体の内部を見て、どうお感じになりましたか。

福岡 役所は組織としてはとてもしっかりしています。情報伝達も上から下へ、下から上へと大変スムーズです。これは民間企業も見習うべき点だと思います。その一方で、経営感覚は驚くほどない。非効率的なことが多すぎるといえます。
 例えば、職員がどこかに何かを説明しに行く場合、必ず2人で行きます。間違いがないか、お互いが確認し合う必要があるためだそうですが、どんな些細なことでも2人で行くというのではやりすぎです。
 そういったことを、私は無駄だと指摘するわけです。もちろん、そのようなことをいえば煙たがられますね(笑)。

―― 効率化して利益を出さなければ生き残れない民間では考えられないような論理が、役所の世界にはあるのかもしれませんね。
 福岡先生は効率性、有効性、経済性の観点から指導されているとのことですが、具体的にはどのようなケースがあるのですか。

福岡 地方公営企業法により、地方公共団体が行う公営企業は、複式簿記で記帳し、決算をするよう定められています。天草市の場合は、水道事業と病院事業が公営企業法適用の部局で、民間企業と同じような会計をしています。
 これらの事業において試算表を作って決算をしているわけですが、私が就任した当初、試算表を作っている担当職員本人が、企業会計の仕組みはおろか、試算表の意味も理解していなかったことには驚きました。
 毎月、試算表提出の際、その内容について職員に説明を求めるのですが、説明できないことが多いのです。それまで試算表の数字と現金残高が合えばそれで済んでいたからです。
 私が「利益は出ているのですか」と尋ねても、言葉に詰まるような状況です。試算表には、資産・負債、収益・費用の小計すら記載されていませんでした。理由を聞いたところ、今までこれで通っていたというのです。
 驚いて、なぜ試算表を作る必要があるのか質問したところ、答えに窮してしまいます。企業会計の意味や役割を理解しないまま、財務諸表を作っていたということです。
 私は、この意識をまずは変えなければならないと思いました。

―― 会計担当の職員の意識改革が、監査委員としてのスタート地点だったわけですね。

福岡 そうです。いくら市民病院が公営であるといっても、赤字を垂れ流していたら経営破綻してしまいます。市民病院が破綻したら、天草の地域医療は大変なことになってしまいます。病院をつぶさないためには、適正な利潤を出し、地方公共団体からの繰入金を減らさなければなりません。それがあなた方の役割だと職員に説きました。
 すると、「それでは何をすればよいのですか」という話になったので、まずは帳簿の意味と役割を理解させることから始めました。
 赤字の原因は何か。なぜ収益が伸びないのか。そして、毎月提出する試算表には、必ず比較対象として、去年、あるいは前月の試算表を付けるよう指示しました。それをもとに私が収益の状況などについて質問をするのです。
 もちろん職員は答えられません。それでもとにかく聞き続けました。そのようなことをしているうちに、向こうもだんだん準備するようになってきました。
 2年目からは、試算表のほかに、病院の経営資料を持参するようになりました。4つの病院の利益、減価償却後の利益、前年の利益、繰入金を除いた場合の数字、前月との比較、給料が増えた要因など、病院ごとに分析した資料を出すようになったのです。
 最近では、決算期の利益予測まで出せるようになっています。こうした取り組みの効果もあり、病院自体も利益が出るようになりました。天草市病院事業部会計部局の企業会計に対する意識は、今では間違いなく熊本県一といえるでしょう。これは大変素晴らしいことです。

―― 水道事業のほうはどうでしょうか。

福岡 水道事業自体は設備産業ですから、急に合理化が進むわけではありません。人口減少による給水量の低下という現実はありますが、もともと悪い数字ではなく、合併後もあまり変化は見られません。ただ、水道事業に関しても、毎月の試算表提出の際、個々の数値について質問、チェックはしています。前月比、前年同月比、要因も書いて出すよう指導しています。

―― 公営企業の赤字は市の財政を圧迫します。福岡先生は、その危険性を啓発されているわけですね。

福岡 そうです。ずっとそれをいい続けてきました。最初は全く話が通じませんでした。
 例えば、福祉部局にいた職員が病院部局に移ってくることがあります。生活保護や育児手当など、お金を配る仕事をしていた職員が病院部局に移り、今度はできるだけお金を使わないように指導されるわけです。
 職員としては、市民のための病院を維持するのに、お金を使って何が悪い、という考え方がある。そのような職員に対して、赤字を減らせば、市の財政は楽になる。病院に投入する税金を減らすことができれば、浮いた税金で新たなサービスを市民に提供できると、根気よく説明していきました。

―― 未収の放置も、地方公共団体には多く見られると聞いています。

福岡 まさにその通りで、水道料金の滞納者に対し、水道局は給水を継続していました。
 一覧を出させたところ、千数百万円もの未収があることが分かりました。出てきたリストを見て驚きました。主な滞納者は事業者ばかりだったからです。それも名の知れたホテルや旅館、料理屋などで、なかには2年間も払っていないところすらありました。しかも、経営が苦しいわけでもないのです。
 水道事業法では、滞納者への閉栓が認められていますから、すぐに閉栓を指示しました。そのときには、「今まで止めたことがない」とかなり抵抗されましたが、不納欠損処分(地方自治体が歳入徴収をあきらめること)が毎年700万円以上あるという事実を直視させ、粘り強く説得して閉栓させました。すると、滞納者らはすぐに未納金を含めて全額支払ったのです。
 水道はまさにライフラインですから、閉栓の対象が生活困窮者であるかどうかの見極めはもちろん慎重に行わなければなりません。しかし、事業者の滞納は許せません。
 未収の例では、ほかに市営住宅の使用料があります。こちらも水道と同様で、住宅使用者の連帯保証人に請求すべきところを放置していた。そこで、連帯保証人に請求する旨を使用者に伝えさせました。すると、少しずつですが、滞納が解消されてくる。そのようなケースがかなりありました。

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地方公共団体に求められる税理士の経営感覚

―― 未収は民間企業にとっては、資金ショートに発展することすらある大問題ですが、役所ではその意識が薄いようですね。福岡先生のお話を伺い、民間と役所の感覚が大きく乖離していることを実感しました。

福岡 公務員の仕事は歳入という安定収入を使って住民にサービスをすることですから、効率性は二の次になるのです。
 福祉事業などはその最たるものでしょう。とにかくお金を使って住民を満足させればよいという感覚があります。効率性を高め、浮いたお金で新たなサービスをしようという発想に乏しいのです。
 なぜそうなるのかというと、効率化して新しいサービスを提供しなくても、民間と違って組織が存続できるからです。それなら余計なことはしない、いわないという風潮が生まれるのも無理はありません。

―― 民間の経営感覚を持つ税理士が地方公共団体の監査委員をすることには大きな意味がありますね。
 今後、自治体の改革に、税理士が積極的に手を挙げるようになるには、何が必要だと思いますか。

福岡 最大の問題は、本業である事務所経営とのバランスでしょう。普通の税理士なら要請があっても監査委員をやりたがらないと思いますが、それは事務所経営との両立が難しいからです。
 監査委員の業務にはかなりの時間を費やす必要がありますし、仕事量も少なくありません。その責任の重さに比べて、報酬が割に合いません。
 しっかり働く税理士であれば、2000万~3000万円くらいは稼ぎます。しかし、今の地方公共団体の規定では、とてもそのような金額は出せないのです。
 私の場合、監査委員としての月給は18万3000円です。多いとはいえませんが、自分の都合に合わせて出勤し、監査業務の本質も理解せずに仕事をしていて許されるような報酬額ではありません。
 ですから私は、非常勤とはいえきちんと役所に出勤する時間を決め、業務も本気でこなしてきました。割に合うとはいえませんが、そこは税理士の使命だと思い、この7年やってきました。
 ですから、もう少し税理士への報酬を増やし、なおかつ監査委員に無駄な仕事をさせないように業務内容を整理すれば、もっと税理士が参加しやすくなると思います。
 一方、税理士としては、行政の内部に入る経験は貴重ですし、実務にも役立つと思います。何より、自分の力を市民のために発揮できるということ。それをもっと考えていただきたいですね。税理士が地方公共団体の監査委員になり、その専門知識を生かして適切な監査を行うことは、地方自治体にとっても、住民にとっても、税理士にとっても大いに意義のあることだと思います。

―― 自治体が経営感覚を身につければ、税金がより有効に使われるようになりますね。

福岡 そうです。あまり注目はされませんが、監査委員の仕事は大切な仕事です。
 市の職員から見れば、私はまさに目の上のたんこぶのようなものでしょう。しかし、それでもよいと思います。今の地方公共団体には、そのような役割の人間が必要です。
 とはいえ、なかには意識の高い職員もいて、「厳しく言ってもらってよかった」と言われることもあります。そのようなとき、今までやってきたかいがあったと思います。
 私の職務は再来年の5月で終わります。それ以上はなれ合いになるので、続けるつもりはありません。真っ白な目で見ることができる、口うるさい税理士とバトンタッチしたほうが市のためになるでしょうから。

―― 本日は大変貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。ひとりでも多くの先生が、福岡先生の後に続かれることを祈念しています。