会計事務所の事業承継・M&Aを考える際、譲渡を検討する先生にとって大きな関心事となるのは、「自分の事務所を誰に託すのか」という点である。譲渡価額や契約条件はもちろん重要だが、それだけで承継の成否が決まるわけではない。

職員が安心して働き続けられるか。顧問先との関係を維持できるか。事務所に根付いた文化や仕事の進め方を、無理なく次の体制へつなげられるか。こうした視点が欠かせない。

一方、譲受側にとっても、M&Aは単なる規模拡大の手段ではない。どの地域で、どのような事務所を受け入れ、どのような体制で支援していくのか。自社の成長戦略と譲渡側の思い、職員、顧問先への責任をどう両立させるのかが問われる。

今回話を伺ったトクサパートナーズ税理士法人(旧:税理士法人大西中野事務所)は、今後の事務所経営において、M&Aや経営統合をひとつの成長戦略として捉えている。ただし、その姿勢は、無理に拠点数を増やすというものではない。ご縁を大切にしながら、受け入れた事務所の職員や顧問先、そして事務所文化を尊重し、段階的に育てていく。その考え方に、同事務所らしい承継への向き合い方が表れている。

成長戦略としてのM&A

トクサパートナーズは、近畿・関東を含む主要都市圏を視野に入れながら、今後の拠点展開や事務所づくりを考えている。背景には、会計業界全体の再編や、所長の高齢化、後継者不在といった環境変化がある。

同事務所が考えるM&Aは、単に顧問先数や売上規模を増やすためだけのものではない。既に自社の拠点や関与体制がある地域を起点に、人の行き来や支援体制を含めて、無理なく展開できるかどうかを重視している。いわば、ドミナント戦略的に、近接地域や主要都市を見据えながら、現実的に支援できる範囲を広げていく考え方である。

この考え方は、譲渡側にとっても重要な意味を持つ。承継後に譲受側の目が届かず、職員や顧問先が取り残されるような形では、円滑な承継にはつながらない。拠点展開を考える際にも、単に地図上で地域を広げるのではなく、実際に人が動き、支援し、関係性を築けるかどうかが問われる。

また、都市部だけでなく、地域に根ざした会計事務所が持つ顧問先との関係性や、長年培ってきた信頼にも価値がある。地域の事務所に対して、自社のサービスやノウハウを横展開することで、地域企業へ貢献できる可能性もある。そうした視点からも、M&Aは成長戦略であると同時に、地域や顧問先への支援を広げる手段と捉えられている。

職員と顧問先を受け止める姿勢

会計事務所M&Aで譲渡側の先生が最も気にされることのひとつが、職員と顧問先の扱いである。長年働いてきた職員が、承継後も安心して働き続けられるのか。顧問先がこれまで通り相談できるのか。この点が不透明なままでは、譲渡の決断は難しい。

トクサパートナーズでは、職員や顧問先については基本的に引き受ける姿勢を持っている。もちろん、実際の条件や個別事情によって確認すべき点はあるが、承継を機に一方的に選別するのではなく、まずは受け止める姿勢が前提にある。

特に職員については、承継後の現場を支える大切な存在である。顧問先との関係を守るうえでも、これまで担当してきた職員が安心して働き続けられることは大きな意味を持つ。譲受側が職員を単なる人員として見るのではなく、顧問先との信頼関係を支えてきた存在として尊重できるかどうかは、承継後の安定に直結する。

承継後の一定期間は、大きく変えすぎない

トクサパートナーズの考え方で特徴的なのは、承継後の一定期間は大きく変えすぎないという姿勢である。M&Aによって経営体制が変わるだけでも、職員にとっては大きな環境変化となる。そこに加えて、会計ソフト、申告ソフト、業務フロー、給与体系などが短期間で変われば、現場には大きな負担がかかる。

そのため、同事務所では、承継後の一定期間は、既存の運営や職員の働き方をできるだけ尊重する考え方を持っている。特に1~2年程度は、従来のやり方を大きく変えず、支援できるところから関わりながら、少しずつ新しい体制に慣れてもらうことを重視する。

会計業界は、業務の進め方や使用するシステムに対して保守的な側面もある。長年慣れ親しんだやり方が急に変わることへの抵抗感は決して小さくない。だからこそ、譲受側の都合だけで一気に標準化するのではなく、まずは現場の状況を理解し、職員が主体的に動ける環境を残すことが大切になる。

これは、単に「変えない」という意味ではない。必要な改善や統合は、いずれ進めていく必要がある。しかし、その順番と速度を間違えないことが重要である。最初から譲受側のやり方を押し付けるのではなく、職員や顧問先の安心を守りながら、段階的に整えていく。その考え方が、同事務所の受け入れ姿勢に表れている。

トクサパートナーズ税理士法人
(https://tokusa-group.jp/)

MA

「信頼・愛情・卓越」と文化を学ぶ姿勢

取材のなかでは、トクサパートナーズが大切にする理念として「信頼・愛情・卓越」という言葉にも話が及んだ。こうした理念は、日々の業務や組織づくりだけでなく、M&Aにおける受け入れ姿勢にもつながっている。

大西先生が重視するのは、組織文化や企業風土である。会計事務所には、それぞれの所長先生が長年かけてつくってきた文化がある。顧問先への向き合い方、職員同士の関係性、仕事の進め方、判断の基準。これらは、数字や資料だけでは分からない、事務所の大切な財産である。

そのため、同事務所では、譲渡側の事務所文化を一方的に変えるのではなく、まず学ぶ姿勢を大切にしている。譲渡側の先生がつないできた思いや、職員が大切にしてきた仕事の進め方を理解し、取り入れられるものは取り入れる。反対に、自社が大切にしている理念やフィロソフィーも共有し、相互理解を深めながら、よりよい事務所づくりにつなげていく。

M&Aは、条件が合えば必ずうまくいくというものではない。大西先生は、M&Aを「お見合い」や「結婚」に近いものとして捉えている。相互理解がなければ、どちらか一方の思いだけで進めることはできない。だからこそ、話を聞き、価値観を確認し、相手を尊重する姿勢が必要になる。

譲渡側の先生が残る場合の考え方

近年では、譲渡後も一定期間、譲渡側の先生が事務所に関与を続けるケースも増えている。顧問先にとっても、これまで相談してきた先生が一定期間残ることは安心材料となる。一方で、経営責任や意思決定の所在が曖昧になると、承継後の運営に影響する可能性もある。

トクサパートナーズでは、譲渡側の先生がどのような立場で残るのか、どの程度関与するのかについては、案件ごとに丁寧に話し合う必要があると考えている。例えば、一定期間は従来の所長として顧問先対応に関わり、その後は会長的な立場で関与する形も考えられる。ただし、残る期間や役割、報酬、影響力の範囲については、譲渡条件との関係も含めて整理が必要だ。

ここで重要なのは、譲渡側の先生の思いを尊重しながらも、承継後の経営責任を明確にすること。顧問先の安心を守るために先生が残ることは有効である一方、新体制への移行を妨げないよう、役割と期間を整理する必要がある。

無理に広げず、ご縁を大切にする

トクサパートナーズは、成長に対する意欲を持ちながらも、無理な拡大を志向しているわけではない。案件があれば何でも受けるのではなく、自社の体制、地域性、職員や顧問先への支援可能性、そして相手方との相性を踏まえて判断する。

会計事務所M&Aは、資金力や条件だけで成立するものではない。譲渡側の先生が何を大切にしているのか。職員はどのような環境で働いてきたのか。顧問先との関係性はどのように築かれてきたのか。そうした背景を理解したうえで、双方にとってよい形を探る必要がある。

トクサパートナーズの姿勢は、成長戦略と人への配慮を両立させるものだ。ドミナント戦略的な拠点展開を視野に入れつつも、無理に広げるのではなく、ご縁を大切にしながら、承継元の文化を尊重し、共に育てていく。その考え方は、これからの会計事務所M&Aにおける譲受側のひとつのあり方を示している。

譲渡を考える先生にとって、承継先を選ぶ際には、規模や条件だけでなく、その事務所がどのような成長戦略を持ち、どのような姿勢で職員・顧問先・文化を受け入れようとしているのかを見極めることが大切になる。「買う」のではなく、受け入れ、学び、共に育てていく。

トクサパートナーズ税理士法人の言葉からは、成長戦略としてのM&Aと、人を大切にする承継の両立が見えてくるのではないだろうか。

大西雅也先生

大西雅也(おおにし・まさや)

公認会計士・税理士。トクサパートナーズ税理士法人 所長。監査法人トーマツ大阪事務所勤務を経て、大西雅也公認会計士・税理士事務所を開所。令和4年に税理士法人化し、大阪・東京の2拠点で税務・会計支援を展開。
令和8年8月より、法人名を「トクサパートナーズ税理士法人」に改称。

トクサパートナーズ税理士法人
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