本連載ではこの1年、会計事務所の事業承継やM&Aについて、さまざまな視点から考えてきました。テーマは、承継の選択肢、準備の進め方、職員や顧問先への配慮、事務所文化の融合、承継後の組織づくりなど多岐にわたりました。
そのなかで一貫してお伝えしてきたのは、会計事務所の承継は、単に「譲る」「譲り受ける」という取引ではないということです。そこには、長年築いてきた顧問先との信頼関係、職員の生活と働く場、事務所に根付いた文化や価値観、地域における役割が含まれています。だからこそ、承継を考えることは、事務所の未来を考えることでもあります。
譲渡を考える先生にとって、承継はとても大きな決断です。自分が長年守ってきた事務所を誰に託すのか。顧問先は安心して相談を続けてくれるのか。職員は新しい体制のもとで前向きに働き続けられるのか。こうした不安や葛藤があるのは当然です。
一方で、譲受を考える側にとっても、承継は簡単なものではありません。顧問先数や売上規模を増やすことだけを目的にすれば、承継後に思わぬ課題が生じることがあります。譲渡側の事務所にどのような歴史があり、職員がどのような思いで働き、顧問先とどのような関係を築いてきたのか。その背景を理解しないまま進めてしまうと、形式上は引き継げたとしても、本当の意味での承継にはなりません。
譲渡側に求められるのは、できるだけ早い段階から自事務所の状況を整理することです。顧問先の構成、報酬体系、職員体制、業務の進め方、事務所の強みや課題。これらを把握しておくことで、将来の選択肢は広がります。今すぐ譲渡するつもりがなくても、5年後、10年後を見据えて準備を始めることには大きな意味があります。
特に大切なのは、「自分の事務所をどう残したいのか」を考えることです。単に高く譲ることだけが目的なのか。職員の雇用をできるだけ守りたいのか。顧問先への対応品質を維持したいのか。地域に根ざした事務所としての役割を残したいのか。先生ご自身が何を大切にしたいのかを整理しておくことで、譲受側との話し合いも具体的になります。
一方、譲受側に求められるのは、「買う力」だけでなく「引き継ぐ力」です。資金力や組織規模はもちろん重要ですが、それだけで承継がうまくいくわけではありません。職員の不安を受け止める姿勢、顧問先との信頼関係を丁寧につなぐ姿勢、譲渡側の事務所文化を理解しようとする姿勢が求められます。
会計事務所のM&Aでは、顧問先は契約書上の数字として移るわけではありません。実際には、担当者との関係や、これまでの対応への信頼によってつながっています。職員もまた、単なる人員ではありません。顧問先との関係を支え、事務所の日常を守ってきた大切な存在です。譲受側がその点を理解しているかどうかは、承継後の安定に大きく影響します。
また、譲受側には、急ぎすぎない姿勢も必要です。新しい体制に早く整えたいという思いは自然なものですが、承継直後に業務の進め方やルールを一気に変えてしまうと、職員や顧問先に戸惑いが生じることがあります。まずは現状を理解し、何を残し、何を変えていくべきかを見極める。そのうえで、段階的に改善を進めていくことが、円滑な承継につながります。
つまり、承継は譲渡側だけの問題でも、譲受側だけの問題でもありません。双方が、相手の立場や思いを理解しながら進めていくことが大切です。譲渡側は、自分の事務所の未来を託す相手を見極める。譲受側は、託された事務所の人・顧問先・文化をどう受け止めるかを考える。その積み重ねが、双方にとって納得感のある承継につながります。
この1年の連載を通じて、承継には多くの論点があることをお伝えしてきました。しかし、突き詰めれば大切なのは、事務所に関わる人たちの未来をどう守り、どう育てていくかということです。
職員が安心して働き続けられること。
顧問先が変わらず相談できること。
譲渡する先生の思いが尊重されること。
譲受側が新しい価値を加え、事務所を発展させていくこと。
こうした視点を持って進める承継こそ、会計事務所の未来をつくる承継ではないでしょうか。承継を考えることは、決して「終わり」を考えることではありません。むしろ、これまで築いてきた信頼を、次の世代へどうつないでいくかを考える前向きな取り組みです。だからこそ、今すぐ結論を出す必要はありません。まずは自事務所の現状を見つめ、将来の選択肢を知り、譲る側・受ける側の双方にとって望ましい形を考えることから始めてみてはいかがでしょうか。
会計事務所の承継は、人と人との信頼をつなぐ仕事です。その信頼を未来へつなげるために、今何を整え、誰と対話し、どのような可能性を残していくのか。その問いに向き合うことが、これからの会計事務所経営において、ますます重要になっていくはずです。
会計事務所事業承継支援センター
センター長 加藤剛
会計事務所事業承継支援センターのご案内
株式会社実務経営サービスは、会計事務所のM&Aを支援する「会計事務所事業承継支援センター」を運営しています。
当センターでは、所長先生のご意志や、職員・顧問先との関係性を尊重し、単なる「売買」ではなく、「承継と繁栄」を実現するM&Aをお手伝いします。
会計事務所のM&Aにはある程度の基本的な進め方はあるものの、所長先生のご事情や事務所の背景により、その対応はひとつとして同じではありません。当センターでは、所長急逝による緊急対応、高齢所長の引退支援、税理士法人同士の経営統合など、さまざまなケースに柔軟に対応してまいりました。業界構造への深い理解と、士業に特化した支援体制で、安心と納得のマッチングをご提供いたします。
会計事務所事業承継支援センターでは、所長先生のための相談窓口(通話無料・相談無料・秘密厳守)を設けていますので、お気軽にお問い合わせください。
【フリーコール】0800(111)1945
(担当:加藤、受付時間:平日9~17時まで)
会計事務所事業承継支援センターのサイトへは以下のURLよりアクセスできます。
https://www.jkeiei.co.jp/m/lp/ma/