今回は、承継後の運営や組織づくりという観点から、特に「譲受側」の視点に焦点を当ててお伝えしたいと思います。
近年、会計業界では拡大や体制強化を目的に譲受を検討される先生が増えていますが、実は今回の内容は譲渡をお考えの先生にとっても、〝どのように引き継がれると事務所が守られるのか〟を知るうえで大いに役立ちます。
立場にかかわらず、承継の「その後」を理解することは、事務所の未来を考えるうえで欠かせない視点です。
事業承継やM&Aというと、どうしても「引き継ぎの瞬間」がゴールのように感じられます。しかし、実際には体制が切り替わった直後の1〜2年こそが、事務所にとってもっとも重要な期間です。顧問先も職員も、新しい環境に馴染もうとしている最中であり、この「定着フェーズ」での取り組みが、承継の成功を大きく左右します。
これまでの連載では、承継方法、準備の進め方、人の安心など、承継に向けた手前のステップを整理してきました。今回は、さらにその先にある〝承継後の未来をどう育てていくか〟に目を向けます。
承継後の1~2年は「再構築の時間」
承継が完了すると、事務所にはさまざまな変化が生まれます。
職員は新しい体制のなかで自分の役割や評価の基準を探り、顧問先は新たな所長や担当者との関係づくりを始めます。つまり、承継後の1〜2年は、事務所全体が〝新しい形をつくっていく時間〟です。
ここで重要になるのが、信頼・文化・体制の3つを丁寧に整える姿勢です。
まずは信頼の再構築。承継はそれ自体が大きな変化ですから、顧問先にも職員にも揺らぎがあります。「これまでのように相談できるだろうか」「環境はどう変わるのか」。こうした不安を和らげるには、日常のコミュニケーションを重ね、安心して声をかけてもらえる関係性をつくることが欠かせません。
次に文化の融合です。譲渡側と譲受側では、仕事の進め方や価値観が違うのが当然です。ここで「どちらが正しいか」を決めようとすると摩擦が生まれますが、「双方のよさを生かして新しい文化を育てる」という視点に立てば、承継は発展のきっかけとなります。
そして体制の整備です。就業規則、勤怠管理、評価制度など、事務所運営の基盤となるルールを一度棚卸しすることが必要です。特にM&Aでは、譲渡側の事務所で規定が曖昧なケースもあり、これらを整えることは事務所の安定に直結します。
譲受側に求められるのは「伴走型」のリーダーシップ
承継後の安定を支えるのは、譲受側の所長のリーダーシップです。ただしここで求められるのは、「主導力」よりも「伴走する力」です。
旧所長の想いや価値観を尊重しつつ、そのうえに新しい方向性を少しずつ重ねていく。
職員の声や不安を丁寧に受け止め、変化に寄り添う。
顧問先には積極的に顔を出し、直接安心を届けるなど、こうした一つひとつの行動が、承継後の信頼を積み上げていく土台となります。特に職員への姿勢は承継成功の核心です。顧問先の多くは〝先生〟ではなく、〝日々対応してくれる担当者〟に信頼を寄せています。
つまり、「職員の安心=顧問先の安心」であり、最初に守るべきは内部の安定なのです。
承継が定着しないケースに共通するもの
承継そのものは成立しても、その後の定着につまずくケースには、いくつかの共通点があります。
例えば、承継直後に自社流のルールを一気に導入してしまい、現場が混乱してしまうケース。あるいは、職員や顧問先への説明が後手に回り、不安が不信感へと変わってしまうケース。また、「新しい体制に早く合わせてもらう」という思いが強く出すぎてしまい、旧来の文化や職員の気持ちへの配慮が不足するケースも散見されます。
いずれも悪意ではなく、承継を早く軌道に乗せたいという思いの強さから生まれるものですが、この〝スピード〟と〝気持ち〟のバランスこそが、承継後に求められる繊細なポイントです。
承継を発展につなげるために
一方で、承継を契機に事務所がよりよく成長していくケースも多くあります。そこにはいくつかの共通した取り組みがあります。
旧所長が一定期間、顧問先との〝橋渡し役〟として関わるケース。
譲受側が職員の意見や改善提案を取り入れながら、〝新しい文化〟を一緒につくり上げるケース。承継後のKPIを「売上」だけではなく、「職員の定着」「顧問先の満足」「内部の信頼」などにも置くケース。承継は〝維持〟ではなく、〝進化〟の入り口です。承継後にどのように文化を育て、体制を整え、信頼を積み重ねるかで、未来の姿は大きく変わります。
いかがでしたでしょうか。事業承継やM&Aの本当のゴールは、事務所を「譲る」ことでも「受ける」ことでもありません。そこに関わる人たちが、新しい体制のもとで安心して働き、相談し、未来に期待を持てる状態をつくることです。
譲受側のリーダーシップが変化の速度を調整し、文化と信頼を丁寧に育てていくことで、承継は〝過去を引き継ぐ作業〟から〝未来をつくる営み〟へと変わります。これこそが、これからの会計事務所に求められる理想の承継の姿だといえるでしょう。
会計事務所事業承継支援センター
センター長 加藤剛
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