承継後に起こりうる顧問先の「不安」
事業承継やM&Aが成立したあと、譲受側の所長先生がまず向き合うのは、数字や体制以上に、顧問先の胸の内かもしれません。「これまでどおり相談してもらえるだろうか」「担当者は変わらないだろうか」「サービスの質は保たれるのか」。こうした顧問先の不安をどう受け止め、どう和らげていくかが、承継後の成否を左右します。
顧問先にとって、会計事務所の価値は法人名や規模ではなく、日々接している〝人〟にあります。とりわけ中小企業の経営者にとっては、「この担当者なら安心して相談できる」という感覚が、事務所との関係を支えています。
そのため、承継後の顧問先対応では、制度や契約条件を説明する前に、「誰が、どのように関わり続けるのか」を丁寧に伝えることが欠かせません。
承継後によく見られるのが、「体制が変わったこと」は伝えたものの、その後は特別な説明をしないまま日常業務に戻ってしまうケースです。顧問先は違和感を覚えつつも、「忙しそうだから」「いまさら聞きづらいから」と疑問を口にしないことが少なくありません。こうした小さな不安が積み重なると、「他に相談できる先を探したほうがよいのではないか」という判断につながることもあります。
だからこそ、顧問先に対してもソフトランディングの発想が求められます。急激に方針や対応を変えるのではなく、これまでの関係性を尊重しながら、少しずつ新体制を理解してもらう。
例えば、担当者が引き続き対応する場合でも、「体制としてはこのように変わりました」「最終的な責任の所在はこうなります」と一言添えるだけで、顧問先の安心感は大きく変わります。
また、譲受側の所長が早い段階で顧問先と顔を合わせることも重要です。形式的な挨拶ではなく、「これまでの担当者と連携しながら、引き続き支えていきたい」という姿勢を直接伝えることで、顧問先は〝知らない相手に引き継がれた〟という感覚から解放されます。この最初の印象が、その後の信頼関係の土台になるのです。
職員の不安を払拭する
顧問先対応を考える際に、見落とされがちなのが職員との連動です。職員が不安を抱えたままでは、顧問先とのやり取りにも微妙な距離感が生まれます。言葉には出なくても、「本当に大丈夫だろうか」という迷いは、対応の端々に表れてしまいます。前回(2026年2月号)で触れたように、「職員の安心=顧問先の安心」という構図は、承継後の局面でも変わりません。
そのため、顧問先への説明と同時に、職員自身が新体制を理解し、納得したうえで対応できる環境を整えることが欠かせません。職員が自信を持って説明できるからこそ、顧問先も落ち着いて新体制を受け止めることができます。
顧問先の離脱を防ぐには
一方で、承継や経営統合を機に、一定数の顧問先が離脱することは、実務の現場では決して珍しいことではありません。どれだけ丁寧に説明を重ねても、事務所の方向性や関わり方の変化を前向きに受け止められない顧問先が出てくることもあります。
大切なのは、それを一律に「失敗」と捉えるのではなく、防げたはずの離脱と、やむを得ない離脱を冷静に見極めることです。この整理ができて初めて、承継後の顧問先対応を前向きに次のステージへ進めることができます。
承継後の顧問先対応に、万能の正解はありません。しかし共通していえるのは、信頼は一度に引き継げるものではなく、日々の対応を通じて積み重ねていくものだということです。急がず、焦らず、これまで築いてきた関係性を大切にしながら、新しい体制へと導いていく。その姿勢こそが、顧問先にとっての最大の安心材料になります。
事業承継やM&Aは、顧問先との関係を断ち切るものではありません。むしろ、その信頼を次の世代へとつなぎ、より強い関係へと育てていくための機会です。承継後は、顧問先との関係を「引き継ぐ」だけでなく、新しい体制のもとで、改めてどう向き合っていくかを考える段階に入ります。
次回は、その〝関係性の再定義〟について、さらに掘り下げていきたいと思います。
会計事務所事業承継支援センター
センター長 加藤 剛
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当センターでは、所長先生のご意志や、職員・顧問先との関係性を尊重し、単なる「売買」ではなく、「承継と繁栄」を実現するM&Aをお手伝いします。
会計事務所のM&Aにはある程度の基本的な進め方はあるものの、所長先生のご事情や事務所の背景により、その対応はひとつとして同じではありません。当センターでは、所長急逝による緊急対応、高齢所長の引退支援、税理士法人同士の経営統合など、さまざまなケースに柔軟に対応してまいりました。業界構造への深い理解と、士業に特化した支援体制で、安心と納得のマッチングをご提供いたします。
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